偽物の君

僕は横断歩道を上手に歩けません。ファミリーレストランで、フォークを上手く使うこともできません。こわいのです。道端ですれちがう、なにも知らない通行人Aの視線が思い出したかのように僕に向けられる、あの感覚。沈黙にたえながらフォークを口へ運ぶ僕に、向かいの席からしずかに向けられる、よどむあなたたちの視覚の行き場。視線は、ものではないはずなのに、二の腕は、まるで刺されたように感じてしまう。ああ。痛い。思いのほか、僕の身は脆いのです。視線。視線。視線。ナイフのように。僕の肌を、どんどん擦り減らせてゆく凶器たち。
そして一度それを意識してしまうと、僕は過剰にそれを感じ取ってしまう、いわゆる敏感肌を持っています。通行人B、C、Dと出現するごとに、品性とはなにかなどと考えてしまいます。僕の意識するレストランの客が三人、四人と増えるたびに、孤独とはなにかなどと思い悩んでしまうのです。したがってはからずも、右手と右足を同時に出してみたり、ナイフを左手にフォークを右手にうっかり持ち替えたりしてしまう。
あなたはそれを、思い悩むのではなくて思い上がるの間違いだろうと言いました。だからこそ息苦しくなってその腕に生傷が絶えないのだろうと。そのとおりかもしれない。しれないがお前のせいだというあなたの見解にたいしては、僕は違うだろうと思っています。すべては僕の、この感じすぎる生肌がいけないのです。見られるたび、触られるたびに傷つき、おびえてしまう僕の肌。あんなに白かった手首がいまでは浅黒く、稲妻がはしったような跡に侵されている。これは、あなたたちのなまめかしい目と、紫外線による古めかしい汚れだと僕は思っています。だってあなたは僕の部屋からペーパーナイフやカッターや包丁や、すべての先端という先端を取り去ってしまったし、あなたの言うところのかじったという覚えが、僕にはありません。ないのです。
そうして僕はいつも、こんな世界は嘘なのだときみに言います。